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期待してもねぇ。

 民主党の代表選挙が終わりましたね。

 結果は「野田さん」ということですが、これからどう変わるのか分からないけど、せめて今より良くなって欲しいですよねぇ。まぁ、もう一人の方は、「他人の力」が票の大半を占めてたから、もしその人がなってたら、誰かの言いなりになるっていうのが、目に見えてましたもんねぇ。

それに、その人になってたら、福島の西本さんやら、尾鷲の友達が「反対」の座り込みに行くっていうくらい憤慨してたからねぇ。そうならなくて良かった、良かった。(笑)

 実は、こうやって、ブログに政治がらみのことを書くと、「なんで?」と聞かれることがあるんだけど、私的には「設計の仕事さえやってれば、政治なんて関係ない。」っていうのは、ちょっと違うと思ってるのね。

 だって、国民の誰もが政治に関心がなくなったら、子供たちの未来がえらいことになっちゃうでしょ。

 私にも子供がいて、近いうちに、その子たちも結婚して家庭を持つでしょう。そして、子供を産んで、未来に命をつなげて行くでしょう。その子供たちのためにも、少しでも暮らしやすい国にしていかなくちゃいけないからねぇ。ちょっとした「つぶやき」でも、たくさん集まれば「大きな声」になるしね。

まぁ、代表が変わったと言っても、与党の中に野党がいて、方針も真っ二つに分かれているみたいで、先が思いやられますなぁ。

早いとこ、シャッフルして、新しく組み直したらいいのにねぇ。自分の選挙しか考えないような人は、絶対、次はないよねぇ・・・・って皆が思ってるかもね。
by ys-sekkei | 2011-08-29 18:48

秋の気配。

 月曜日です。8月最終週です。

 少しづつですが秋の気配がしますね。最近は、夜はほとんどエアコンなしで過ごしています。窓を開けていれば、結構涼しい風が入ってくるからです。朝もそう。洗濯物を干すのが苦痛でなくなってきました。

 でも、いつも書いてますが、秋に向かっていくのはあんまり好きじゃないんですよね。なんだか物悲しい感じがするのが嫌なんですよ。まぁ、そう言いながらも、例年通り、仕事に追われてアッという間に冬が来るというパターンなんでしょうねぇ。フフフ。

さて、土、日曜の見学会、竣工式も無事に終了いたしました。今日が、引き渡しの日なので、これで保育園の方は、業務がほぼ終了です。あとは完成写真とか、完成図面の製本を待っているだけ。
いろいろ苦労したけど、喜んでもらえて良かったよ。

箕田のK邸は、現在、外構工事中。役所の検査はすんだけど、すべての完成までには、まだもう少しかかりそうです。早く引っ越していただけるように、頑張りましょう。

おっと、そろそろ出かけなくちゃ。
by ys-sekkei | 2011-08-29 09:34

見学会、無事終了。

 木曜の打ち上げは楽しかった。(笑)

 大工さんや職人さんたちと飲んで騒いで、面白かった。まぁ、例のごとく、次の日にはあまり記憶がないんだけど、その夜は、かなりのテンションで盛り上がっていたらしい。

「また、違う現場でも、ぜひ一緒に仕事をしたいよねぇ」って皆と話をしたよ。ほんとに皆さんお疲れ様でした。
これからもよろしくお願いします!

・・・・ということで、今日は土曜日、保育園の見学会だった。
園児の皆さんのご家族や、近隣の方が大勢来てくださった。暑くて湿度も高かったのに、早速、廊下を走り回る子供たち。実に楽しそう。子供って本当に元気だね。私も、ちょっとパワーを分けてもらいました。

 ところで、私は、午前中は箕田のK邸の見学会で説明をさせてもらってまして、保育園には午後からお邪魔しました。K邸のお客様も、すごく熱心にいろいろ質問をしてくださって、普通は30分くらいで終わるらしいのですが、私がしゃべりすぎたせいか、あっという間に2時間くらい経ってた。
来てくださったお客様の「家づくり」に、少しくらいはお役にたてたでしょうか?ちょっと心配です。
 
 さて、明日は10時から保育園の竣工式。実は、あまり華々しい席が苦手な私。堅苦しいのもダメ。和気藹々とした会でありますように。辻先生、どうぞ、よろしくお願いいたします。


午後は、箕田のK邸の見学会と打ち合わせが入ってる。

 実は、打ち上げではしゃぎすぎた私は、昨日の金曜日、ほとんど仕事をしていない。っていうか、できなかった。仙台から帰って来てからも、連日連夜、忙しかったのと、打ち上げで気が緩んだせいだと思う。

気合を入れてがんばらないといけないんだけど、一回外れた箍はなかなか元に戻せないんだよねぇ。トホホ。

・・・・ということで、来週は、なんと9月!
皆さん、夏バテしてる場合ではありませんよ。頑張って仕事しましょう。アッと今に今年が終わりますぞ。
by ys-sekkei | 2011-08-27 17:20

雑草は強し。

 雨上がりの朝。

 事務所の前の歩道には街路樹があるんだけど、その足元の花壇がうちの前だけ草がボーボーで、この前からすごく気になってた。それで、ようやく今朝、草引きをした。雨上がりだったら抜きやすいんじゃないかなと思ったからなんだけど、ついでに事務所の駐車場の草も引いてきれいになった。

 それにしても雑草ってすごい生命力ですねぇ。アスファルトを破ってどんどん伸びてくる。どこにそんな力があるのだろう。人間にもこのくらいの根性があったらいいのにねぇ。 ハハハ。

 今週も、連日、会議や打ち合わせが続いていて、まともに図面を描く時間がなかった。私がそんな風なのでスタッフは大変だ。毎日、夜遅くまで仕事をしてくれている。

 おかげさまで、箕田のK邸も、明日が完了検査で、土曜と日曜はオープンハウス。だけど、東日本大震災のあと、着工を1か月遅らせたこともあって、外構工事がまだできていない。せっかく見に来てくれる方に申し訳ないんだけど。

それと、保育園も、無事にすべての検査関係が終了した。今晩、工事に携わってくれた業者の皆さんたちとの楽しい打ち上げだ!場所は焼肉「みさき屋」さん。頑張って食べるぞ~!

 そうそう、保育園は27日(土)の朝9時から午後3時まで、誰にでも見ていただける見学会を行いますので興味のある方はどうぞお立ち寄りください。

日曜日は竣工式。月曜日からは子供たちに使ってもらえるよ。本当に良かった、良かった。
by ys-sekkei | 2011-08-25 17:07

後日談。

 仙台から帰った日、取り貯めたテレビ番組を夜中にダラダラ見ていた。

いつもの自堕落な生活に、即効、戻ったということだ。(それはそれで情けないが。)
時計を見ると、午前4時半・・。そろそろシャワーを浴びなくては・・・。

そう思った時、マンションの前の道を、車が異様な音を出しながら通って行った。 「キュルキュルキュル~」という大きな音だ。

 「腹でもこわしとんのかい?」と、アホなひとり突っ込みをいれた途端、「ドカ~ン!」という衝突音が響いた。

やっぱりなぁ。

 ベランダに出て音のした方を眺めたら、さっきの車がガードレールにぶつかって自爆していた。
大丈夫だろうか・・?  まもなくドアの開閉音が聞こえて、防犯灯の下を歩く人影が見えた。無事なようだ。

音を聞いた近所の住民も寄ってきたようなので、安心して部屋に戻った。

津波の後の悲しい現実を見てきたすぐ後だったので、なんだか「人の命のはかなさ」を感じた。人はいつ、何が原因で死んでしまうかもわからない。私だって、明日かもしれない。

こんな夜中に、時間を無駄に過ごしていてもいいのか?いやいや、この時間が大事なんだ・・。

答えはないんだけどね。「諸行無常」ということか・・・。
by ys-sekkei | 2011-08-23 12:59

仙台報告 ④

8月21日(日) 朝方、また弱い地震があった。
 本当だ、観光客の私たちでさえ慣れてくる。それはそれで怖い。

 AM9:30より NPO ハッピーロードネット主催の「東日本大震災における支援物資に関する報告会」が始まった。

 震災後、いち早く、ピンポイントで西本さんたちのNPOに支援物資を送り続けた、全国の「道の会」の女性の皆さんを集めての報告会が、今回の現場視察の本来の目的だった。
元国交省事務次官の谷口博昭氏(現芝浦工業大学教授)をはじめ、整備局や宮城県など行政の方々も多く参加されての報告会。マスコミの姿もチラホラ・・。

一通りの挨拶の後、東北地方整備局の徳山局長の講演があった。

 内容は、「東日本大震災」の対応について。

 局長の話を聞いて、今回の地震が起こってから、国交省の職員方たちが、いかにスピーディに動かれていたかが良く分かった。ご自身の家族の安否もわからないまま、ひたすら尽力されたことに、感謝の気持ちでいっぱいになった。 仕事だからと一言で片づけられない・・。もし自分だったらと思うと、どんなにか精神的にも大変だっただろうと思う。

 今なお、福島の第一原発の施設の中で、大変な仕事をしてくれている方たちがいることも忘れてはならないと思う。誰も立ち入れないあの区域の中心にも、人が働いているのだ。

地震発生後、整備局が所有するヘリコプターをすぐに飛ばすことを、ある女性職員の方が進言されたそうだ。
本来なら、職員が同乗しないといけないという規則があるが、そうすると一時間もあとになる。すぐに許可を出し、パイロットだけで仙台空港を飛び立ち、各地の様子をカメラに収めたということだった。ヘリが飛んだ後、仙台空港にも津波が押し寄せた。

 職員を待っていたら、飛べなかった。あの貴重な映像も撮れなかった。英断だったと思う。

 それから、大畠大臣が、「後で責任は自分がとるから、やれることをすべてやれ!」と言われたそうだ。
局長は「おかげで大臣権限で仕事が出来た。」と言っていたが、それこそが大臣の仕事だと思う。
そもそも、実務の細かいことまで政治家が口を出すべきじゃなかった。本当の意味での「政治主導」とはこういうことを言うのではないだろうか。

 もうひとつ。
地震発生後、各工事事務所と協定を結んでいる地元の建設業者と連絡をとった。電話が通じない場合は、夜中に職員が歩いて尋ねたとのこと。行政職員と民間業者の社員、重機のオペレーター、ダンプカーの運転手など、10人ほどのチームを52チームも編成したそうだ。それも、一晩で!
 そして、「くしの歯」作戦を実行した。まず、東北道、国道4号の縦軸ラインを確保、そこから海側に向かって横軸ラインを確保していく。地震発生後四日目には、16本のうちの15本のルートの確保が出来た。その道を通って、救援隊や支援物資が現地に行くことが出来たということだ。

この話を聞いて、講演のあとの意見交換の場で発言させてもらった。

 こういう、民間の力との連携で出来たことを、もっとメディアに取り上げてもらえないだろうか。今回はたった一晩で52チームが編成されたとのことだが、現在の地方の建設業者は、青色吐息でまるで元気がなく、今後起こるすべての災害に対応する余力がどんどんなくなっているのではないか。

公共工事が悪者扱いされてからというもの、仕事は減る一方。私の知り合いの業者も数年前に廃業してしまった。従事している人の高齢化も心配だ。3Kの上に仕事もない、給料も安いこの業界に好んで入ってくる若者はほとんどいないだろう。ちまたにフリーターがあふれているというのに。

地方の建設業者の仕事を確保し、いざという時の力と技術を確保しておくことが大切だと思う。本当に東南海地震が来たとき、誰が前線で働けるというのだ・・。

おかげさまで、谷口教授も徳山局長も賛同してくれた、。この声(誰もが思っていること)が、どうぞ、国のトップに届きますように。そして、建設業界にとって、より良い明日のための仕組みを作りなおして欲しいと思う。

今回、テレビでも全く取り上げられなかった。マスコミにとって(?)建設業は、常に悪者でないといけないのかもしれない。

・・・・・12時をまわって、ようやく講演のあとの活発な意見交換が終了した。

 仙台駅で昼食をとり、お土産もたくさんん買って、いざ帰ろうとしたが、新幹線の指定席がその2時間後くらいまで売り切れていたのには驚いた。仕方なく一番早く乗れる「やまびこ」に乗ったけど、東京に着くまで立ちっぱなしで、めちゃくちゃ足が痛かった。しかもゴールデンウィーク並みの混雑ぶりで。

普段は「のぞみ」にしか乗らない私。東海道新幹線は10分に一本くらい入ってくるのが当たり前だ思っていたけど、そうか本数が少ないのか。しかも10両編成だし・・。

8時には鈴鹿に到着。疲れたけど充実した3日間だった。


 
by ys-sekkei | 2011-08-23 12:33

仙台報告 ③

 8月20日(土) 午後からは広島、島根、長野、秋田の皆さんとも合流。

バスは仙台東部道路から、三陸縦貫道を走り、国道と市道と県道を走り継いで、南三陸町へ。

 町役場の仮庁舎を訪問しました。尾鷲市からは蚊取り線香の寄付。

あの防災庁舎の屋上で、九死に一生を得た町長さんから、直接お話を聞くことが出来た。庁舎に来る途中の町は、午前中の様子とは少し違って、まだまだリアルな災害の爪痕が多く残っている。
仙台市の中心に近い町とは違って、交通の便も悪い地域のせいか・・・。

町長さんのお話によると、以前から防災意識は高かった。防災訓練もやっていた。津波が来たら逃げる場所も皆が心得ていた。

地震直後の津波の予想は6m。6.5mまでの対策は万全だ。しかし、実際は18m、なんと予測の3倍だった。それでも住民の方々はそれぞれに高い建物や高台に逃げたので、多くはの命は助かった。でも、街中を流れる川をさかのぼった津波に襲われた上流の家々が被害にあったということだ。

まさかこんなところまで・・・。1000年に1回の恐ろしい実態を見た。

これから町をどうやって再建していくか。一番に必要なのがお金だ。もし400億円かかったとして、国が4分の3、あとの100億円は町で工面しないといけないらしい。そんな大金どうやっても作れない。町は倒産してしまう。今回のような大きな被害の場合に限っては、国が全額負担をすることが出来ないのだろうか。

そんな大きなお金のことを考えていると、自分の無力さが情けなくなった。

 それでも、志津川中学校がある高台から、町の様子を説明してもらっているとき、絶え間なく響き渡る建設重機の音を聞き、走り回るダンプカーを眺めていたら、なんだか元気が出てきた。

少しづつでも、復興は進んでいるのだ。人間の力も捨てたもんじゃないなぁ。私も建築屋の端くれだもん。
何か出来ることがあるに決まってる。

「バスで気楽に現地視察をしているなら、ボランティアのひとつもやって帰れ!」そんな非難をされるかもしれないけど、これから何かをやろうとするならば、自分の目で見て確かめて、気持ちを同じに持たなければ、どこかに対岸の火事のような気持ちがあるだろうと思ったのだ。

この夜は、参加者全員で交流会。いろんな思いはあるけれど、地元にお金を落として行こう!お土産もいっぱい買おう!まずは出来ることから始めてみることだ。
by ys-sekkei | 2011-08-22 21:22

仙台報告 ②

 8月20日(土)、朝、8時50分集合。

 三重県尾鷲市から、市長をはじめ、市会議員さん、市の職員さんたちが、私たちと同じように前日入りをしていることから、ハッピーロードネットの西本さんたちの計らいで、午前中も視察させてもらうことが出来た。

国交省東北地方整備局や宮城県の職員さんたちの案内で、スムーズに見てまわることが出来た。

 まずは浪分神社へ。

 仙台市若林区霞目にあるこの神社は、地元の人すらその伝説を忘れているほど、小さくて目立たない。慶長三陸津波の時に、この周辺まで津波が押し寄せたという話で、海岸からは約5.5㎞、海抜5mに位置する。

今回の地震ではこの神社までは到達しなかった。なぜかというと、海岸から4㎞の位置にある仙台東部道路の盛土構造(高さ7~10m)が防波堤の役目を果たしたからだそうだ。現実にその道路を挟んで、海側と陸側の被害のあまりの差に驚いた。福島県でもR6号線相馬バイパスが同じような働きをしたそうだ。

 続いて、若林区荒浜へ。

 目の前に広がる風景が、被災前の写真と比べてあまりにも違いすぎて声が出なかった。あれから5か月、季節はめぐって、瓦礫の撤去が進んだ町には青々とした草が生えている。何も知らずに来れば、遠目にはただの草原のように見えただろう。近づいてみれば、地面には住宅の基礎のコンクリートが残っている。1軒や2軒じゃない。ずっと続く家々の名残り。まるで「家の墓場」のようだ。

立ち上がり部分に残るアンカーボルトの鉄筋が悲しくなる。津波の力はいとも簡単に、ボルトの頭と土台ごと家を基礎から引き抜いて行った。町ごと消えてしまった。松林も豊かな実りを与えてくれた美しい田園も、何もかも・・。

荒浜小学校の跡地。もう誰もいない校庭に、大量のバイクの残骸。体育館の前にはいまだに船が鎮座している。ここでも大勢の方が犠牲になったとのこと。心が痛む。涙が出てくる。

 次に、名取市閖上に到着。

 荒浜と同じように町ごと消えていた。ここは一般立ち入り禁止区域。今回は特別に入れてもらった。神社のあった小高い丘の上に上ってみれば、ずっと先の陸地まで、ところどころに残る建物の残骸以外は何もない。津波の直後には、多くの瓦礫や車や、家や船や、それはもうどれだけ悲惨な状態であったのか、想像に難しくない。
道路には、根っこから引き抜かれた電柱の、かろうじて残された鉄筋の束が、波の恐ろしいまでの力を教えてくれた。

今は、家々の境界を示すコンクリートブロックの擁壁を残して、きれいに撤去が進んでいる。神社跡に向かって冥福を祈った。傍らに子供たちが植えたひまわりが揺れていた。


 午前中の最後は、仙台空港。

ロビーは薄暗く利用者の数も少ない。でも、あの日のテレビの映像からは考えられないくらいの早さでの復旧の様子。人間の力も大したものだと、逆に感心してしまった。空港は使えるようになったけど、震災前に存在していたはずの、まわりの家々は、やっぱりここでもほとんどが消えていた。

昼食は牛タン定食。

人間は不思議だ。どんなにショックを受けてもお腹が空く。食べるという欲は、生きたいという欲だ。
不幸にも亡くなられた方々の分も、残った自分たちは一生懸命生きて何かを残すべきだと、つくづく感じた。
by ys-sekkei | 2011-08-22 20:38

仙台報告 ①

 お盆休みのあとは、あまりの忙しさにブログを書く暇もなくて、アッという間に金曜日になった。

そう19日の金曜日、朝、8時40分頃の「のぞみ」に乗って、東京駅で「はやて」に乗り換え、12時過ぎにはなんと仙台に着いていた。昼ごはんを食べてホテルにチェックインをし、少し休憩をしていたところに地震があった。テレビの速報だと震度5とのこと。津波も50センチほど観測されたらしい。

 とにかく怖かった。部屋が9階だったこともあるけど、大きく長く揺れた。何年か前に鈴鹿亀山地域で震度5を経験したけど、今回のは、もっとずっと時間が長くて、ぞっとした。

 そのあと、建築家、伊藤豊雄氏設計の「せんだいメディアテーク」へ行った。私は以前に1度訪れているけど、直樹が初めてなので、じっくり見学してまわった。建築雑誌で、多少の被害があったと読んでいたけど、最上階以外は、すっかり元通りになっていたようだ。
1階のロビーで「被災地につくる みんなの家 アイディアスケッチ展」の展示があって、有名な建築家の方々に交じって、子供たちの素晴らしい発想のスケッチが、明るい色調で描かれていたのが印象に残った。

行き帰りのタクシーの運転手さんと話していたら、この日の地震は、まだまだ大したことはなくて、そのくらいの地震は毎日のようにあるそうだ。なるほど、地元の皆さんは慣れっこのような反応なのだ。

 夜ごはんに、贅沢にも「伊達牛」を食べに行ったけど、そこの焼肉屋さんのお姉さんも同じことを言っていた。直樹の念願だった分厚い牛タンも、十分堪能(タンなだけに)出来たので満足だった。

・・・ということで、美味しいお肉とお酒をいただいて、1日目の夜は更けた。
by ys-sekkei | 2011-08-22 19:50

あっという間に35年。

 早いねぇ、休みが終わるのって。 まぁ、たった3日間だったけどね。

日曜日の同窓会。人数は50人くらいで少なかったけど、久しぶりに出会えて、とても楽しく過ごさせていただきました。皆、オバサン、オジサンになってたねぇ。って、35年振りなんだからしかたないか。フフフ。

でも、案外、男子は若々しかったですよ。皆、結構、髪の毛もあって服装もおっさん臭くなかったし。女子もおしゃれ!そうよねぇ、昔の50歳に比べて今の50歳はめちゃ若いよねぇ。(笑)

 皆の近況も聞けたし、行って良かったなと思います。でも、残念ながら欠席だった友達に、余計に会いたくなっちゃった。元気してるかなぁ。みすず、ふ~こ、キタコ、あいちゃん・・・。

そうだ!残暑見舞いを書こう!

ということで、青春時代にちょっと戻れたという報告でした。

さて、仕事は再開しましたが、今週は金曜日から仙台に行く予定なので、実質3日しかありません。時間を有効に使って、頑張りたいと思います!
by ys-sekkei | 2011-08-16 10:22


虎キチ建築家の日々のあれこれ


by 亀山虎子

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